昔から思っていた、自分はこんなところで一生を終える男ではないと。
「ジャック」
ふいに、自分の名を呼ばれてジャックが振り返えると、自分がいるごみ山の麓で、無表情な男がこちらを見上げていた。
「遊星か」
それだけを口にして、ジャックは再び目の前の夕日に視線を戻す。遊星が自分の近くに近寄る音が聞こえた。そして、遊星はジャックの隣に腰掛ける。
「夕日を、見ていたのか」
普段無口な彼がこうやって話題を振ってくることは非常に珍しい。ジャックは内心少し驚きつつも、その問いかけに答えてやる。
「あぁ、夕日はいい。このごみ溜めの世界で、唯一美しいものだ。――そういうお前は、こんなところまで何をしに来た」
逆にジャックがそう尋ねれば、遊星は無言で手に持っていた袋を広げた。そこに入っていたのは、所謂ジャンク、ガラクタのパーツばかり。溢れかえるごみの山からまだ使えるところをとってきたらしい。
「また、Dホイール……か」
遊星は小さく頷く。
以前から、ごみの山から使えそうなものを集め、修理したり作り直していた遊星だったが、数日前に一枚のカードを拾って以来、あるものを作ることに奔走している。Dホイール、ライティング・デュエルに必要不可欠なものだ。
「本当に、作れると思っているのか?」
「…………」
遊星はなにも答えず、袋の中から部品を一つ一つ取り出し確認しはじめる。ジャックの言葉に機嫌を損ねたのだろう。
「仮に作ったとしてもだ、お前はそれで何をするつもりだ。向こうの世界にでもいくつもりか」
ジャックは海の向こうにある街をさし、そう笑う。華やかな都、ネオドミノシティ。このサテライトはその楽園の華やかさと繁栄のために切り捨てられ、隔離された場所といってもいい。サテライトの住人がネオドミノシティへいくことは容易ではない。もし出来たとしても、強制送還されるのがオチだ。しかし、ネオドミノシティへ抜け出そうとする者はあとを絶たない。まるで、砂糖の山に群がる卑しいアリのように。
だが、遊星はぽつりと、そして否定するようにジャックの問いに答えた。
「そんなものに、興味はない」
「何故だ? お前はこんなゴミ溜めで一生を終えるつもりなのか、遊星」
サテライトの住民なら誰しもがネオドミノに憧れるはず、そんな前提を根本から覆された気がして、ジャックはその理由を遊星に投げかける。自分自身がこの世界を嫌っているからなのかもしれない。ジャックは、遊星の答えを静かに待った。
「ここには、ラリーもナーヴもタカもブリッツも、そしてお前もいる。それ以上に、何を望めばいい」
遊星が導いたのは、心を貫かれるような真っ直ぐな答え。まるで、「お前は何が不満なんだ」と問い返しているような瞳に、ジャックは図星を突かれたような気持ちになる。そしてジャックは気づいてしまう。自分と、目の前の男との決定的な考えの違いを。
しばらくして、ジャックは自分の口から笑い声が漏れていることに気づいた。
「………何がおかしい」
「いや、お前は子供だなと思ってな」
意味がわからないとばかりに遊星が睨んでくるのが面白くて、ジャックはさらに遊星をからかう。
なるほど、遊星はたしかにサテライトが似合っているのかもしれない。遊星は大切なものを捨てられない。例えそれが自分の進路を防ぐことになっても。だが、自分は違う。ジャックはそう自身に言い聞かせた。
ふいに、遊星はジャックの隣を立ち上がる。
「どうした、気分でも害したか」
「………帰る」
「ゆっくりしていけばいいのに」
「お前と付き合っていると、疲れる」
なおもからかおうとするジャックに嫌気が差したのか、遊星はゴミの山から下りようとする。
「遊星」
ジャックは低い声でそんな遊星を呼び止めた。遊星がこちらへ振り向く。
遊星が先ほどあげた大切なもののなかにはジャックの名も挙がっていた。ならば、
――俺がここを出たいといったら、お前はついてきてくれるのか?
「…………いや、なんでもない」
ジャックはその言葉を寸前のところで飲み込み、遊星には伝えなかった。
訝しげな視線を投げかけたあと、去っていく遊星を見送ったあと、ジャックはすでに夕日の沈んでしまった水平線を遠く眺めた。