下世話な話
 その日は朝から平穏な日であった。
 先日の抗争でE地区制覇し、今日は一日自由行動が許されていた。遊星のジャンク漁りにジャックが連れ添っているため、アジトの談話室もいつもとは違い酷く静かである。いつもなら取り合いになるソファーに一人腰掛けたクロウは、久々に子供たちの相手をしてやるかと机にカードを広げデッキを調整していた。カード一枚一枚を確認し、デッキに入れるか否かを吟味する作業。あまりにもそれに没頭していたせいだろうか、クロウは背後から近づく気配に、それまでまったく気づけなかった。
「クーローウー」
「うおぅ!?」
 背後から回された腕に引き寄せられ、クロウは半強制的に頭上を見上げる形になる。そこにあったのは、無気力と退屈を混ぜ合わせたような仲間の顔。そういえばこいつもいたんだっけと、クロウは今更思い出し、相手に呼びかけた。
「何すんだよ、鬼柳」
「暇だ」
「………そうか、俺は忙しいから放っておいてくれ」
 思った以上にくだらない理由に内心呆れつつ、クロウはまたカードに視線を戻そうとする。だが、それすらも鬼柳は許そうとはせず、カードを選ぼうとしたクロウの手をを掴んだ。
「離せよ、お前に構ってる暇はねぇっていっただろ」
「デッキ調整とかいつでもできるじゃねーか。それより遊ぼうぜ」
 手首をしっかりと掴んだ鬼柳の手は何度振り払おうとしても、離れない。そして、わざわざ耳元に吹きかけられた言葉に、クロウはいやな予感を覚える。
「何して遊ぶんだよ」
「そりゃ……ナニだろ」
「昼間っから、何考えてんだテメェは!」
 いやな予感通りの答えに、心底辟易しつつもクロウはそう怒鳴った。だが、残念なことに鬼柳はそれであっさり引くような男ではない。
「別にいいだろ? 今日はジャックも遊星もいねぇんだから、さ」
 鬼柳の語尾が発せられた同時に、クロウはソファーにムリヤリ寝かされる。そして、鬼柳はその上に覆いかぶさると、ソファーの縁にクロウの両手を縫いつける。
「ちょっ……やめろって……っ!」
 クロウは身をよじりそう抵抗するが、鬼柳はクロウの言葉など聞こえないかのように首筋に唇を寄せる。僅かな痛みのあと、クロウの肌に残されたのは赤い痕。そうしている間にも、鬼柳の片方の手がクロウのわき腹の辺りをさすりながら、器用に中のタンクトップをずり上げていく。
「き、りゅう、本当に、やめろ……っ!」
「大丈夫だって、ちゃんと気持ちよくしてやるから」
 鬼柳はぐずる子供をあやすように、クロウの額にキスを落とすとタンクトップを一気に上まで押し上げる。急に衣服を奪われた肌には外気は冷たく、クロウはぶるりと震えた。鬼柳の手が露出したクロウの突起に触れ、指先でそれを転がしはじめる。敏感なところを攻められ、クロウの声に甘い息が混じり始める。
「……っ、うぁ、き、きりゅ……やめ、っ……やめろっ!!」
 だが、クロウはそれを押し戻すと、拒絶の言葉を吐き出し鬼柳を睨んだ。鬼柳はと言うと、クロウの突然の怒声の意味が分からずぽかんとするばかりである。
「……何だよ、何が不満なんだよ」
 まるでお気に入りの玩具を取り上げられたような、不機嫌な表情を浮かべクロウに尋ねる。クロウは荒い息を整えるように何度か息をすると、その問いに答えた。
「ここでするのは、いやだ」
「じゃあ、ベッドで……」
「アジトですんのが嫌だって言ってんだよ!」
「何でだよ! 意味わかんねぇぞ!」
 そういう問題じゃねぇとばかりに声を荒げるクロウに触発され、鬼柳の声も怒声が混じり始める。
「考えてみろ、馬鹿!! こんな日の高いうちからこんなところで盛って、遊星たちが帰って来たらどうする気なんだよ! 俺は嫌だぞ、そんな気まずい空気!」
「いいじゃねぇか、誰がいつ帰ってくるか分からないそういうシチュエーション。逆にもえね?」
「………ともかく、俺はここではやりたくねぇ。それでもここでやるっていうんなら、もう二度とお前とやらねぇからな」
 そう言い切ったクロウの目はそれらが本気であることを如実に語っており、鬼柳は言葉に詰まる。そして、小さな舌打ち。
「わぁったよ……」
 渋々といった様子で鬼柳はクロウの両手を解放し、ソファーから体を起こす。ようやく、自由の身となったクロウは安堵のため息をつくとたくし上げられたタンクトップを元に戻す。これで、子供たちの所にいけるとクロウが思った矢先、鬼柳が腕を引っ張り、クロウをソファーから立たせる。
「行くぞ、クロウ」
「……はぁ? 行くって、どこへ」
「ラブホに決まってんだろ」
 鬼柳の口からこぼれたその三文字に、クロウは暫し固まったあと自分でも情けないほど素っ頓狂な声をあげてしまう。
「はぁぁぁっ!? だから、俺は」
「ここじゃなきゃ、いいんだろ?」
 そう揚げ足を取る鬼柳のにやにやとした表情は、何もかもお見通しだと言わんばかりで、クロウの背中に冷や汗が流れる。
「そ、そんな無駄金使うくらいなら、別のことに使いやがれ!」
「風俗で使うよか、よっほど経済的だって。それに、俺は今、クロウとしたいわけ。クロウだってしたくないわけじゃねぇだろ?」
 どうなんだ、と追い込まれクロウは思わず視線をずらす。そして、相手にしか聞こえないくらい小さな声で小さく何かを呟いた。
「……んじゃ、行くか」
 クロウの答えに満足したのか、鬼柳はクロウの手を握るとそのまま外へ連れ出した。




※中略






「ただいま」
 今日は留守番をするといっていた二人がようやくアジトに戻ってきたのは、遊星たちが帰宅し夕飯の準備を始めた頃だった。
「遅いぞ、お前ら! だいたい、何も告げずアジトを空にするとは何事だ!」
「悪い悪い、二人で買出し行ってたんだよ。な、クロウ?」
「あぁ……」
 ジャックの小言を適当に受け流し、鬼柳は紙袋を抱えていない方の腕でクロウの肩を抱く。やけに上機嫌な鬼柳に対して、不調そうなクロウの様子に真っ先に気づいたのは、遊星であった。
「どうした、クロウ。気分が悪いのか?」
「あ、いや……なんでもねぇよ。俺、ちょっと疲れたから先寝てるわ」
「夕飯は?」
 そう声をかける遊星にクロウはいらないという返事の変わりに、片手を軽く振ると自室へ戻っていった。
 クロウがいなくなり、必然的に二人の視線は鬼柳に注がれる。
「何か、あったのか?」
 紙袋を置き、席に着こうとする鬼柳にまずジャックが話題を切り出せば、鬼柳は小さく笑った。
「クロウなら、本当に疲れちゃっただけだって。ちょっと、俺が頑張りすぎちゃったからさ」
「……何故、お前が頑張るとクロウが疲れるんだ?」
 不思議そうに首をかしげる遊星とは対称的に、大体ことを把握したジャックは密かに頭を抱えるしかなかった。