最初に自室に入ったとき、クロウはまず自分の疲れを疑わずにはいられなかった。ここのところ、チームサティスファクションの制圧活動が連日続き、そのうえ養っている子供たちの世話もあるクロウは実際に疲れていた。そうだ、俺は疲れている。だから、こんなくだらない幻覚を見ているに違いない。クロウは自分にそう言い聞かせて、何度も目を閉じて首を振るが、一向にその幻覚は消えてくれない。
「何ぼーっとしてんだよ、クロウ」
そうこうしているうちに、幻覚に話しかけられたクロウはこれが現実であることを認め、諦めたように頭を抱えた。
「なに、やってんだ……鬼柳」
何故、鬼柳がクロウの部屋に我が物顔で居座っているのかは百歩譲ってどうでもいい。問題はその格好だ。今の鬼柳の格好は、メンバーにすら強制させるほど気に入っているあの弱冠時代遅れなジャケットではなく、どこからどう見ても女物の制服であった。しかも、これまた時代の流れからだんだん姿を消していっているセーラー服と呼ばれる代物である。確かに、体格と性別を考えなければ、色白で整った顔立ちをしている鬼柳には似合っているのかもしれない。だが、弱冠サイズがあっていないのか、ばっちり露出してしまっているヘソが寒々くて、痛々しい。
「おう、似合うだろ? 俺って本当、何着ても似合ちまって困るぜ!」
「そういうこときいてんじゃねぇ。コスプレなら自分の部屋で好きなだけやっていいから、さっさと出てけ」
わざとらしくスカートの裾を持ち上げ笑う鬼柳を、なるべく視界にいれないようにしながらクロウは片手で追い払うような動作をする。鬼柳の奇行は今に始まったことではないが、流石のクロウも今回ばかりは付き合いきれない。突っ込む気力もおこらず、それよりもさっさとベッド横になって全て忘れてしまいたいとさえ思うクロウの意思と反して、鬼柳の腕はクロウに絡みつく。
「そんなつれねぇこというなよ。お前のために着てやったんだからよ」
「誰もそんなこと頼んでねぇ。きもちわりぃから、さっさと俺の視界から消えてくれ」
「……だって、クロウって童貞だろ?」
いきなり飛躍した話題に、クロウは鬼柳を振り払う手を止め数秒ほどその場で固まる。そして、顔を真っ赤にさせたかと思えば勢いよく鬼柳を睨んだ。
「だ、誰が・・・っ!!!」
「ほーら、図星。可哀想になぁクロウ、男になる前に後ろの処女奪われちまってさぁ」
撫でるように後ろに回された手に、クロウの顔は嫌悪でますます歪む。
鬼柳の言っていることは事実。クロウはこれまで女性経験が皆無であるにも拘らず、非合意に行われるセックスでは女側にさせられてばかりであった。童貞でありながら、純潔じゃない体。自分にとって屈辱でしかないそれをつきつけられ、クロウは奥歯を噛み締める。
だが、鬼柳はそんなクロウを前にしてもまったく怯むことなく、それどころか爽やかにわらってすら見せた。
「だが、安心しろクロウ。俺がリーダーとして、お前を男にしてやるよ」
この時点で、クロウには嫌な予感しかしなかった。唐突な鬼柳の女装、唐突な童貞話題、そして、クロウの部屋でその帰りをまっていたという事実。まさか。そうクロウが口に出そうとしたとき、本人自らが答えを発してしまう。
「俺を抱け、クロウ」
今まで顔を真っ赤にするまでだった血の気が、さっと引くのをクロウは感じた。何故、何故そうなるんだ……そう思いながらもあまりのことに言葉が出ない。
「サテライトは女日照りだ。金を積んだって、そんなにいい女を抱けるともかぎらねぇ。だったら、俺がお前を満足させてやるよ!」
「こ、断るっ!! 何が悲しくて、自分よりも体格いい男を抱けなきゃいけねぇんだよ!! アホかてめぇは!!」
青ざめるのを通り越して、鳥肌すら覚えてきたクロウは必死にそう叫ぶ。確かに、いつかは童貞を捨てたいと思わなかったことない。だが、それは断じて女装した男相手ではないとクロウは断言できる。と、いうよりもホモでもないのにどうして前も後ろも男に捧げなければならないのか。あまりの異常さにクロウは再び苦悩せざるえない。
「だから、こうしてセーラー服着てきてやってんだろ? 萎えるといけねぇから脛毛もそってきたのに。まぁ、元からそこまで生えてねぇけど」
「お前のその格好がそもそも萎えるわ、きもちわりぃ!! 勃つものも勃たねーっての!」
「……本当にぃ?」
意地悪く耳元で囁かれた瞬間、絡み付いていた腕がクロウの体を壁へ軽く押す。そして、いとも簡単に壁に押し付けられ、なにをするとクロウが抗議しようとしたとき、全身に鈍い電流にもにた衝撃が走った。
「……っ、あっ……」
「嘘つき……ちょっと勃ってんじゃねーか」
紺色のスカートから覗く膝がクロウの股間に押し付けられ、ズボン越しに何度もそこにあるものを刺激する。その鬼柳の動きで、中心に熱がたまっていくのをクロウは自覚する。目の前にいるのは鬼柳だと、男だと理解しているのに、クロウはそれを止めることが出来ない。
「……なぁ、やろうぜぇクロウ。俺がここまでしてやってんだぜ? それとも下じゃなきゃ嫌だとか、いわねぇよなぁ?」
「人を、舐めんのも……いい加減にしとけ」
クロウは意を決したようにクロウは鬼柳の胸のスカーフを掴むと、その口に噛み付くかのように口付けた。