BLACK SWEET
クラッシュタウン、もとい現サティスファクションタウンへの物資支援便は、元はといえばクロウから言い出したことである。
外との交流を断たれていたあの町は、町を取り仕切っていたギャングからのルートでしか物資が回ってこない仕組みとなっていた。だが、それを完全に追い出した今、町の物資不足は復興に関しての最初の課題であった。
「困ってるんだったら、力になるぜ?」
電話越しにその問題を語り、苦笑していた鬼柳へクロウはそう言わずにはいられなかった。
こうして、ブラックバードデリバリーが支援便を開始した。当初は、運ぶ物資の量も多く、3日に一度という時期もあった定期便であるが、最近は二週間に一度の割合となり、物資量も減ってきたところをみると町の復興も徐々に右肩上がりになっているらしい。宅配で訪れるたび修復されていっていることが分かる町の外観に、クロウの気持ちも自然と嬉しくなった。
そして、今日はその定期便の日。
今回は他の仕事があったため、クロウの目にサティスファクションタウンの看板が見えるころにはもうすっかり空は夕暮れに染まっていた。この町は、本当に夕日の似合う町だ。クロウが最初にこの町を訪れたのもこんな夕焼けの日だったのだから。――もっとも、そのときは素直に夕焼けを眺めるほどの余裕はなかったのだが。
クロウは一軒の家にブラックバードを止め、後ろに積んでいた物資を下ろすために紐を外す。その最中、家の中から可愛らしい足音が聞こえたかと思えばドアに掛けられていたベルが鳴り、一人の少女が顔を出した。
「クロウさん、いらっしゃい!」
「よう、ニコ。宅配に来たぜ」
クロウが作業をやめ、軽く挨拶をすればニコと呼ばれた少女も可憐に微笑む。ニコは鬼柳が面倒を見ている子供の一人で、年の割にはしっかりしておりすこしだらしないところがある鬼柳と並ぶとたまにどちらが世話をしているのか分からないほどである。
「すみません。鬼柳さん、まだ作業から戻ってきてなくって」
「あぁ、いいって。これ置いたら帰るつも……」
「その、鬼柳さんが戻ってくるまでどうぞ家に上がってください!」
「今、お茶入れますから」と、再び家の中に入ってしまったニコを止めそこない、クロウはやり場のない手を仕方なくその場におろす。帰るのは遅くなるがニコの厚意を裏切るのも忍びない、そうクロウはおろし掛けていた物資に再び紐をかけた。
家の中はクロウの予想以上に片付いており、それでいて台所の壁に掛けられいる香辛料や、棚に入っている食器はどこか生活感を感じさせる。やはり、女の子のいる家は違うものだなとクロウは思いながら、何気なくダイニングテーブルに腰掛けた。
「ウェストも鬼柳さんのところに行っているので、今は私一人なんです。――もう少しでお茶はいりますから、それ食べて待っててくれますか?」
台所でお湯を沸かしながら、ニコはテーブルの上にあるもの指差す。それは、皿の上に綺麗に盛られたチョコレートクッキー。多少形はいびつであるものの、宅配で小原が減っていたクロウには十分おいしそうに見えた。
そういえば昨晩、鬼柳から物資内容の電話を受けたとき別の依頼を受けたことをクロウは思い出す。
――ニコがクッキー焼いたから、それを届けて欲しい
なるほど、これがそのクッキーなのだろう。クロウはそう一人で合点して皿の上から一枚だけつまむと、音をたててそれをかじった。
「ん、うめぇ」
「おいしいですか?」
「おう、本当にうめぇよ。鬼柳が電話で自慢してたのも頷けるぜ」
「そうですか! お口にあってよかったです」
一枚目を食べ終わったクロウはすぐさま二枚目を口に放り込む。チョコレートクッキーであるにも関わらず甘さもほどほどであり、甘いものが元から好きなクロウも満足できる味であった。
そんなクロウの様子を、クスクスと笑いながらニコがティーセットを持ってクロウの向かい側に座る。
「ニコすげぇな。このクッキー、町で売ったら評判になるんじゃねぇか?」
すでに四枚目であるそれをかじりながら、クロウはニコを褒める。なんなら、俺がシティに売りに行ってもいいぜと付け加えていると、ニコは優しく微笑みながらその言葉を口にする。
「そのクッキー、実は鬼柳さんが焼いたんですよ?」
「…………へっ?」
ネタ晴らしとばかりにニコから告げられたその事実に、クロウの口元についていたクッキーの欠片がポロリと落ちる。紅茶の香りをまとった湯気が、その沈黙の空間を静かにたゆたった。
「え、だって、鬼柳はニコがクッキー焼いたから宅配頼むって……!!」
「私のは私で焼いてあるんですけど、私が作っているところ見ていた鬼柳さんもいきなり作るって言い始めて……何回か焼いて、ようやく成功したのがそれなんです」
クロウはまだ手元にあったかじりかけのクッキーを眺め、少し苦い顔をする。あの鬼柳が、台所に立ち、ニコに教えられながらクッキーを焼く姿を一生懸命想像するのだがどうしても現実に結びつかない。
「クロウさんに食べさせるんだって、頑張ってたんですよ」
「でも、なんだって急にクッキーなんか……」
そうクロウがぼやけば、ニコは壁に掛けてあったカレンダーを指差しこう答える。
「だって、今日はバレンタインデーじゃないですか」
ニコが指した今日の日付は2月14日。午前の配達で女性から男性へのプレゼントを散々配達したにもかかわらず自分には縁のない行事過ぎて失念していたが、その意味を思い出したクロウの頬に思わず朱が走る。それを必死に隠そうと、クロウは少しだけぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
「鬼柳さん、村はずれにいますから」
「お、おう……」
聞いてもいないのに鬼柳の所在を教えるニコの顔は未だに笑ったまま。その有無を言わせない笑顔に、クロウはせかされるまま食べかけのクッキーを頬張ると席を立った。
鬼柳にどういう顔で会いに行けばいいか分からないまま。