Sweet After School
クロウとデートするのはそう容易なことではない。
兄弟が多く、家も裕福ではないクロウは高校の休みどころか、放課後や早朝までバイトに費やし、一緒に登下校という当たり前のことすらなかなかできはしない。仮に、クロウの数少ない休みに「デートしよう!」直球に誘えば「恥ずかしいからいやだ」と遠まわしに断られてしまうのはすでに学習済みである。クロウと鬼柳が付き合い始めて、早数ヶ月。その間、まともなデートなど一度もないこの現状は、どう考えたっておかしい。
ならば、どうすればいいのか。鬼柳はこういうことに関しては無駄に回る頭を駆使し、ひたすら考える。クロウのバイトが休みの日に、本人に気取られることなく、自然にことを進める方法。何時間もの授業を費やした末に鬼柳はとうとうそれを思いつくのであった。
「クロウ、今日バイト休みだったよな?」
まずは軽くジャブのつもりで、鬼柳は話を切り出す。昼食である購買のパンを齧るのをやめ、クロウは怪訝そうな顔で鬼柳を見る。
「そうだけど……なんだよ」
言った覚えのない自分の休みを知られ、クロウが少し警戒するのは鬼柳の中ではすでに想定内。ここで直球に誘うからすぐに断られるのだ、今は外堀をじわじわと固めるのに徹する。
「今朝の朝刊でさ、これ挟まったてたけど見た?」
鬼柳がおもむろにポケットから取り出したそれは、女の子らしい可愛い装丁のチラシ。色とりどりのケーキの写真も盛り込まれたそれに、クロウがわずかに反応したのを鬼柳が見逃すはずがない。
「駅前にさ、新しくケーキ屋ができたんだけど期間限定でケーキバイキングやるんだってよ」
「へぇ……」
「クロウ、甘いの好きだろ?」
「………っ」
今度は目に見えてはっきりと動揺した様子をみせたクロウに、鬼柳は内心にやりと笑う。付き合い始めて知ったことではあるが、クロウは甘いものに目がない。だが、兄弟想いのクロウは家で甘いものが出ても小さな弟や妹にすべてあげてしまうのだという。そんな風に家ではずっと我慢している分、外ではその誘惑に勝てないのだろう。クロウの机の上、昼食のパンと同列に昼食には似つかわしくないパック詰めの大福がおかれているのが何よりの証拠だった。
「俺も甘いの好きだからさぁ、行こうと思ってるんだけど……クロウも一緒に行かない?」
「で、でも……俺、今日、持ち合わせ、ねぇから」
そう断ろうとするクロウの目は、本当は行きたいという意思が見え隠れし、クロウ自身もかなり迷っていることが見て取れる。ここまでくれば、後もう一押し。鬼柳は、切り札とも言える一言を口にした。
「今日は俺がおごってやるから」
「行くっっ!!!」
――よし、落ちた!
先ほどの迷いはどこにやら、両手を机を鳴らし前のめりになるほど頷くクロウに、鬼柳は人知れず勝利のガッツポーズをするのだった。
***
「それ、一口ちょーだい」
鬼柳がフォークの先で指し示すのは、大皿いっぱいに乗ったケーキの山。クロウは口元まで持ってきたフォークを下ろしてすこし面倒そうな顔をした。ちらりとみた鬼柳の皿にもクロウと同じくらいのケーキが積まれている。
「バイキングなんだから、とってくりゃいいだろ」
「クロウの食ってるモノって、いっつもうまそうに見えるんだよ。な、頼むって」
クロウは仕方がねぇなとばかりに息を吐くと、周りの目を気にするように辺りを見回す。そして、人目がないことを確認してから今食べていた苺のタルトをフォークで切り分け、そのまま突き刺した。
「ん、ほら」
「さんきゅ」
鬼柳に向けられたフォークの先は、そのまま本人の口の中に消える。タルトの消失したフォークをクロウが下ろせば、「やっぱうめぇな」という鬼柳の声。そして、何を思ったか鬼柳も同じようにさきほどまで食べていたケーキを切り分けるとそのまま、クロウのほうへ差し出した。
「さっきのお返し。はい、あーん」
自分に向けられたフォークの先のケーキと鬼柳の顔をクロウは困ったように何度も見比べる。おそらく、鬼柳はクロウがこれを食べない限りフォークを下ろすつもりはない。そして、どうするべきか迷っているクロウを見て楽しんでいるのに違いなかった。
クロウは再び、周りの席を見る。クロウたち以外、ほとんど女性で占められた客席はどれも自分たちのおしゃべりに夢中でこちらを顧みることはない。
ええい、ままよ。
クロウは意を決して、鬼柳のフォークに食いついた。
「うまい?」
「……うめぇに決まってんだろ」
「それはよかった」
クロウがぶっきらぼうに答えても、鬼柳の上機嫌は崩れることはない。それが、妙に腹立たしくてクロウは食べかけのケーキに貪りついた。だが、やはり口の中に広がる甘みは美味としか言いようがないのである。
「クロウ、またこようなー」
鬼柳がにこにこと笑いかけながらそう言うが、クロウはあえて聞かないことにした。