パジャマでおじゃま


 カーテンの合間からもれる暖かな朝の光に、クロウは少し目を細めながらいつもとは違う感触のベッドから起き上がる。そこは自分がいつも寝ている部屋でないことを気がついたクロウは、どうしてここにいるのだろうとぼんやり考えるがその疑問は傍らに寝ている男の存在ですぐに氷解した。それと同時に、寝ぼけていた頭はだんだんと覚醒していき、昨日からの記憶がクロウに戻ってくる。

 
 ――そうだ。昨日、遠い町にいるはずのこいつがなんの連絡もなく遊びに来て、そんで余ってる部屋に泊めてやって、それで……。

 そこまで思い出してから、クロウは頭振ってそれ以降のことを振り払う。自分が鬼柳の部屋に今いることと、お互いほとんど衣服を纏っていないこと。それらの事実があればあとはもう語る必要などないに等しかった。
 クロウは少し恨みがましい視線で、鬼柳の寝顔を見下ろす。そんなクロウの悪意などまったく知らず、鬼柳はすやすやと眠ったままであった。鬼柳が少し寝返りを打てば薄く青がかった長髪が日の光できらきらと輝く。そんな相手の寝顔を観察しているうちに、やはり鬼柳の顔は整っているのだということをクロウは改めて実感する。好奇心に負けて、その髪を一房だけ梳いてみれば自分の髪とはまったく違うさらさとした感触に、どうしようもない気持ちに陥った。
「なーんで、俺なんか抱きたがるかねぇ……」
 ふっと湧き上がった疑問は、何ものにも遮られることなく言葉となってクロウの口から零れ落ちる。これだけの容姿に恵まれていれば、それこそ引く手は数多だろうに、鬼柳はクロウひとりを選んだ。一般男子よりも小さくはあるが、それでも女のようには柔らかくないクロウの体をすっぽり腕の中に包み込んで、かわいいかわいいとマーカーだらけの顔にキスを落とす鬼柳。鬼柳のことが嫌いではない自分からすれば、それは嬉しいことなのだが、やはりどうにも腑に落ちない部分がある。だが、それを鬼柳に問いかけられるほどクロウの神経も図太くはなかった。

 二人だけの静かな部屋に、かちりと時計の針の音が響く。その音で、クロウは我に返ったかのようにベッドにそばにおいてある時計を振り返った。時計はすでに8時を指しており、クロウの顔からさっと血の気が引く。今朝は自分が朝食当番だったはずだ。それなのに、自分が朝食を作っていないどころか自分の部屋にもいないことが遊星たちに知られれば、もうあとはいやな想像しかできない。
 クロウはベットの上に散乱していた衣服を手探りで取ると、慌ててそれにそでを通した。クロウの急ぐ気持ちと反するかのごとく、パジャマのボタンはなかなか穴を通らずクロウの手の中で遊び続ける。半ばやけになって、ジャツの半分くらいまでボタンを止めるのやめたクロウは次にズボンを探すが、なぜか見当たらない。そうこうしているうちに時間は刻々と過ぎていき、クロウの気持ちにどんどんと余裕がなくなっていく。
 どうしよう、小さくクロウがつぶやいたとき、背中になにか重いものがのしかかった。
「んー…? どうしたー、クロウ」
 クロウの肩に顎を乗せ、まだぼんやりとしている声で鬼柳は尋ねる。ぐっと加算する体重を煩わしいと思いながらもそれを力づくでどけるほどの余裕も力もクロウにはなかった。

「俺、今日朝飯の当番なんだよ…!! お前はもうちょい寝てていいからちょっとどけ」
「ふーん……どうでもいいけどさ、クロウ」


「俺のパジャマ着たまま、下に降りんの?」


 鬼柳のその問いかけにクロウはぴたりと動作を止める。そして、恐る恐る自分の体を確認すれば、それはあきらかに自分が着ていたパジャマではなかった。客人用に用意されていたその青色のパジャマはどう考えたって、袖も丈も長すぎる。それなのに、まったく気づかずに着用したばかりか、なおかつズボンまで探していた自分はなんと間抜けなことか。クロウは恥ずかしさのあまり先ほどまで苦戦していたボタンを力任せに引きちぎりたいとさえ思った。こんあ姿で降りていったら、昨晩に鬼柳と何をしていたのか自分で公言しているようなものだ。
 だが、それに反して鬼柳はクロウを抱き寄せたまま、じっくりとクロウの姿を眺めると、一人ごちるように小さくうなづいた。
「…今、彼女に自分のYシャツ着せたがる男の気持ちがすげぇ分かった。これはいいもんだな」
「どこ見ていってんだ、鬼柳。もう、脱ぐからさっさと離れろ」
「えー、脱いじまうの? せっかくお揃いなのに」
 ほら、と鬼柳が自分のズボンを引っ張って見せれば、確かにそれはクロウの今着ているパジャマと同じ生地のもの。どうりで下が見つからないはずだ、クロウは鬼柳にも聞こえないくらいの声で小さくぼやいた。
「あー、クロウ可愛いなぁ。本当に可愛い」
「やーめーろー、くすぐってぇだろー!」
 もはや口癖のように鬼柳はそう繰り返しながら、クロウを抱きしめたままむき出しの肩からうなじにかけて軽く唇を落とす。クロウは鬼柳の腕の中でばたばたと暴れるが、袖が長すぎるせいで手が鬼柳に当たらない。
「……なぁ、クロウ。脱ぐんなら、手伝ってやろうか?」
「お前の場合、別の目的だろ。それ。」
 パジャマの裾から覗く太ももをすっと撫でる手を軽く叩きながら、クロウがちらりと視線を向ける。すると、鬼柳は「ばれたか」とばかりに小さく笑った。だが、やめるという選択肢は鬼柳の中にはないらしい。体を這うように上がってきた手が、クロウの顎を捉え少し上を向かせる。

 クロウは小さく息を吐くと、さて遊星たちにはどう言い訳しようと考えつつそのまま目を瞑った。