深夜のカップラーメン
ポッポタイム節約大作戦
あまりにも単純明快なその作戦の命名と立案をしたのは、チーム5D'sの会計担当であるクロウであった。男4人の日々の生活費は勿論のこと、Dホイールの機体性能を上げるためのパーツ費や開発費、仕事をしないチームメイトの馬鹿高いコーヒー代、そして自身の治療費まで、チームから出る金のほとんどはクロウが宅配の仕事で稼ぎ、管理しているものだ。以前から、クロウのブラックバードデリバリーの稼ぎと遊星の修理工の仕事だけでは家計は火の車で、帳簿に残る赤い文字にクロウはため息ばかりをついていた。そして、先日のジャックと遊星のナスカへの旅費がクロウを帳簿ごと押しつぶす。このままでは、チームどころか日々の生活すら危うい。そう考えた末にクロウが提示したのが、さきほどの作戦である。
具体的に作戦内容を説明すれば、要は生活費の切り詰め、特に食費の削減である。ジャックの1杯4桁コーヒーは勿論のこと、普段の食事も外食や出前などを禁止し、その内容も量を減らし粗食にするとのこと。食い盛りの男が4人という環境下の中では、どうしても家計におけるエンゲル係数は高くついてしまう。それを大きく減らすことができればその分の金を他のことに回せるのではないか、それがクロウの考えだった。
そして、クロウの指揮の下、その計画は実行に移された。
「……寝れん」
他の住人がとうに寝静まった深夜、ジャックは自分の寝床から上体を起こした。自身の不眠の理由をジャックはとうに理解している。先ほどから、音を立てて空腹を訴える胃袋のせいだ。
食費削減を目標とするクロウにより、作られた本日の夕食はジャックの予想以上に質素なものであった。本日の献立は、一人一匹のメザシと、肉の入っていないもやし炒めに漬物と白米。――こんなものが夕食と呼べるか!とジャックは抗議するが、それに対してクロウはじゃあ食うな!とジャックの茶碗に盛る白飯の量を大幅に減らすだけであった。そして、その結果が、今のジャックの状況である。
「あんなメシで、食った気になれるものか」
ジャックは一人、クロウに対しての悪態を付くと物音を立てないようにエベッドから降りた。そして、ドアの外に誰もいないことを確認した上で、こっそりと下の階へ降りていった。
誰もない真っ暗なガレージまで降りてきたジャックは、もう一度周りを見回したあと、部屋の一部だけ明かりをつける。いつもなら遊星かブルーノあたりがまだ作業をしている時間なのだが、今日は珍しく早く寝てしまっているようだった。ともあれ、誰もいないのはジャックにとってむしろ好都合であった。ジャックは作業台へと近づくと、その上においてあったものに手を伸ばした。
「やはり、腹が減ったときにはこれに限る」
パッケージに「キングヌードル」と書かれたそれを確かめた後、ジャックはほくそ笑んだ。
ガレージには、徹夜で作業する遊星たちの夜食としてカップラーメンと電動ポットに入ったお湯が常備されている。例の節約作戦でカップラーメンもしばらくは買い控えると宣言したクロウであったが、更なる機体の向上のために尽力する遊星のことを思い、ここのカップラーメンは撤去しなかったらしい。
ジャックは手の中のカップメンの包装セロファンを破ると、慣れた手つきで蓋を半分まで開ける。そして、その中にお湯を入れようとした、そのときだった。
「――なぁにやってんだ、ジャック?」
一気にガレージ内の電灯が付き、ジャックの背後から地を這うような声が聞こえる。ジャックがそちらを振り返れば、そこにはみけんに皺を寄せたままジャックを睨むクロウの姿があった。
「なんか物音がするから起きてみれば、やっぱりかよ。この穀潰し」
「ふん! 元はといえば、お前がまともなメシを作らぬからだろう! 腹が減ったから、カップラーメンを食べに来た。それの何が悪い!」
「開き直るんじゃねぇ! だいたい、誰のせいで食費を減らす羽目になったと思ってんだ! ……たく、本当にろくでもねぇ野郎だぜ」
クロウはわざとらしく大きくため息をつくと、ジャックへと近寄り、その横の作業台からカップラーメンをひとつ取り上げた。そして、ジャックが舌のと同じようにクロウも包装を破り、蓋をあける。
「……人に食うなといっておきながら、貴様は食うつもりか」
「俺はお前と違って肉体労働だかんな、食わねぇとやってらんねぇんだよ」
「そんなの不公平ではないか!」
「文句があるなら、テメェも働け。このカップメンだって元は俺と遊星が働いた金で買ったもんなんだからよ」
じろりとクロウはジャックを一瞥し、ポットからお湯を注ぐ。そんなクロウに対する反論が見つからず、ジャックは奥歯をかみ締めたあと、クロウに続くように自分のカップにもお湯を入れた。
作業台の上、再び蓋を閉められた二つのカップメンが並ぶ。そして、その完成を待つためにジャックとクロウも隣同士に並んで座っていた。先ほどまで口喧嘩を続けていたのが嘘のように、ジャックもクロウも口を紡ぎ、ただ自身のカップメンを眺めつつ三分がすぎるのを待っていた。
沈黙のまま待つ三分間は長い。その空気に耐えられず、ジャックがちらちらと横のクロウを見始めたとき、クロウがようやく口を開いた。
「……なんかよ、深夜に食べるラーメンって妙にうまいよな」
突然発せられたクロウの言葉に、ジャックは目を丸くするが、すぐに鼻で笑ってみせる。
「カップラーメンがうまいのは当然だ! 時間などは関係ない!」
「まぁ、そうなんだけどよ。こうやって深夜に食ってると、秘め事って言うか、ちょっと悪いことしてるみたいで楽しくね? 昔、マーサが夕飯作ってる横でつまみ食いしたこと思い出すぜ」
あんときは、結局ばれてすげぇ叱られたよな、クロウはそう笑いながらカップメンの蓋を一気に開けた。
「……まだ、二分だ。早すぎる」
「俺、カップメンは出来上がる1分前のとき食べるのが好きなんだよ」
付属の割り箸を歯と手を使って割ったクロウはそのまま勢いよく麺をすすりこむ。よほど腹が減っていたのだろう、ジャックがきっちり三分を計って、食べ始めたときには、クロウはすでにカップの半分以上を平らげていた。
「クロウ」
その様子を見ていたジャックは、思わずそんなクロウへと声を掛ける。
「なんだよ」
「……食費を無理して削るのはやめろ」
「はぁ? 何言って……」
「貴様が栄養失調で倒れたら、それこそ本末転倒だろう」
ジャックのその言葉は図星だったらしく、クロウはわざとらしく視線を逸らした。思い直せば、今日の夕飯のときもクロウは自分の分のめざしと白米は完食していたが、大皿のもやし炒めにはまったく手をつけていなかった。ここ最近のクロウの食事はいつもそうやって、自分が我慢することで食費を抑え、他へおかずを分け与えていた。だが、クロウはただでさえハードな肉体労働なのだ、そんなことを続けていれば倒れることは目に見えていた。
「……ん、バレてたのかよ」
「当たり前だ。何年の付き合いだと思っている」
クロウは気まずそうに頭をかく。そんなクロウから視線を外さないまま、ジャックは一口カップの中の麺を啜ると、さらに言葉を続けた。
「無理に食事をとらずとも、食費以外にも切り詰められるところがあるだろう。俺たちはチームだ。お前だけが我慢をすることなどない」
「そう、かもな。まさか、お前にそういわれるとは思わなかったわ」
ジャックのその言葉を受け、少しだけ照れくさそうに笑ったクロウは残っていたカップメンのスープを一気に煽る。そして、空になった容器をゴミ箱に投げ捨てると、改めてジャックに向き直った。
「じゃあ、ジャック。これからは、向かいの店でくそ高いコーヒー飲むのやめてくれるよな?」
「だが、それは断る!」
「………」
翌朝、なにやら騒がしい音に目が覚めた遊星とブルーノがガレージでみたものは、夜通しで言い争うジャックとクロウの姿であった。