チーズ味のお菓子




 始まりは新発売のスナック菓子。

 いつものスーパーへ買出しに来ていたクロウの目に、見慣れぬスナック菓子のパッケージが飛び込んできた。今話題だというその菓子は、新発売記念として二袋買えばそのうちの一袋分は半額というキャンペーンを行っていた。クロウは別段新製品といったものに興味をそそられないタイプではあるが、家計を預かるものとして半額という言葉には振り向かずにはいられない。ポッポタイムは年頃の男ばかりが住んでいることもあって、ジャンクフードの消費量が多い。自他共に認めるカップラーメンマニアであるジャックは基本的に味の濃いものを好むし、遊星やブルーノも深夜まで作業してるときはそういった類のものをよく口にしている。クロウも子供たちの世話をしていたときに一緒に食べることもあり、菓子は好きなほうだ。それに、ポッポタイムにはやけに客人が多い。急な客人用にもポッポタイムには何かしらの菓子が常備されていた。本来ならば、客人を迎えるための菓子がそんなジャックフードまがいのものであってはいけないのだろうが、男4人の貧乏暮らしにそんな気配りをする余裕などない。そのため、いつもであればお徳用の大袋の菓子を安売りのときに買うのだが、今クロウの目の前に山のように積まれているスナック菓子は大袋のことを考えても十分に経済的だった。
 どうせ、食卓に置いておけばあっという間に誰かの腹に入ってしまうだろう。そんな軽い考えを持ちつつ、クロウはそのスナックの山から二袋を選ぶと籠の中に放り込んだ。



 パンパンに膨らんだスーパーの袋を抱えてポッポタイムに戻ってたクロウを出迎えたのは、しんと静まり返ったガレージであった。今朝まで徹夜でプラグラムを組んでいた遊星とブルーノははおそらく仮眠だろうが、仕事のないジャックはどこにいったのか。すでにクロウの中で大体の予想はついていた。
「あのやろ……性懲りもなく、向かいの喫茶店でコーヒー飲んでんのかよ」
 少し乱暴にスーパーの袋を床に置き、クロウは一人悪態を付く。ジャックがいないときはいつもそうだ。向かいにある喫茶店で馬鹿高いコーヒーを飲んでは請求書とともに帰ってくる。いつもなら、叱り飛ばしに喫茶店まで行くのだが今日はそれすら馬鹿らしく思えたクロウは傍にあった椅子の上に座り込むと、スーパーの袋から先ほどの菓子の袋を取り出してその封を豪快に開けた。働かないジャックが嗜好品に金を使うならば、働いて稼いでいる自分にもその権利はあるはずだと。
「ジャックもよ、自分で稼いだ金で飲んでるんなら別に文句はいわねぇんだけどなぁ」
 大きくため息をついたあと、クロウは袋の中に片手を突っ込み、一掴みしたものを口元へ運んだ。
「……あ、これうめぇ」
 口の中のモノをガリガリと咀嚼したあと、クロウはぼそりと呟く。クロウの購入したスナックはプレッツェルを細かく砕いたものに濃厚なチーズの味付けをしたものであった。今までに食べたことのないそのカリカリとした食感と味付けが後を引き、クロウは無言で食べ続ける。
 袋の中身がほとんどなくなったそのとき、クロウの背後から聞きなれた足音が聞こえた。
「……クロウ、帰ってたのか」
 クロウが背後を振り返れば、そこにはおぼつかない足取りで階段を下りてくる遊星の姿。仮眠から起きたばかりでまだ眠いのだろう、瞼もさきほどから半分位しか開けていないうえ、頭もふらふらと重心が定まっていない状態だ。
「お、遊星おはよう。まだ寝てなくて大丈夫か?」
「……腹が、減った」
 なるほど。遊星は空腹で起きただけであり、まだ眠いことには眠いらしい。机の上に突っ伏したまま、今にも夢の世界に旅立ってしまいそうな遊星。そんな彼の鼻先へ、クロウは指先でつまんでいたスナックをもっていく。
「食うか? 結構うまいぞ」
「……食う」
 動物のようにスンスンとスナックの匂いを嗅いだあと、遊星は少し顔を上げて口を開く。クロウもそれにあわせるように、自分の指先を遊星の口元へ近づけた、そのときだった。
「……ッ!」
 遊星は近づけたクロウの指ごと、スナックを頬張っていた。甘く噛まれた第二関節の感覚にクロウは少しだけ顔をしかめる。
「ゆ、ゆうせ……やめろ、って」
 クロウは慌てて、遊星の口から指を取り出そうとするがすでに遊星はクロウの手首をしっかりと握って、それをゆるそうとはしない。舌先で器用にスナックだけを取り外されたかと思えば、クロウの指先に残っているフレーバーを遊星の舌が残さず舐め取っていた。ガレージにくちゅくちゅという水音だけが響く。生暖かい舌で柔らかく指先を包まれたかと思えば、不意打ちのような甘噛みが襲う。指を舐められているだけであるのに、気づけばクロウは声が出ないように必死に片手で自分の口元を押さえていた。
 最後に遊星がちゅっと言う音ともに軽く爪の間を吸い上げたあと、ようやくクロウの指は開放される。遊星の唾液でべたべたになった指先に、冷たい外気が触れる。クロウはようやく口元の手を離し、ほっと息を吐いた。だが、それもつかの間のことであった。
「クロウ」
「なんだ、よ」
「もっと欲しい」
 まるで子供のようにそう強請る遊星の目に、先ほどまでの眠気はない。クロウはしばらく苦い顔で遊星と目を合わせ続けたが、再び深いため息をつくとスーパーの袋から同じパッケージの菓子を取り出していた。