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『今年の年末に帰省する事にした』

 絵文字どころか、顔文字一つ使わない親友の簡素なメール。その文面をみたとき、クロウの心は嬉しさと驚きで弾むのをとめられなかった。すぐさま、いつ帰ってくるんだと返信を打てば、一分もしないうちに答えが返ってくる。

『明日には、そっちにつく』
「急すぎんだろ、馬鹿!!」

 あまりにもそっけないその返信にクロウはメールであること忘れて、声を荒げた。もっと事前に教えてくれれば迎える準備もしたのにとひとりごちながら、クロウは携帯を握り締める。何度かそういったやり取りをしたあと、結局クロウが一番最寄の駅まで迎えに行くということで決着した。最後におやすみと送信し、携帯を閉じるとクロウはそのままベッドに寝転がる。だが、まるで遠足を前にした子供のように、なかなか寝付けそうにない。
「……ひっさびさだもんなぁ、遊星と会えるの」
 3月に別れて以来だから、約9ヶ月ぶりか。と、クロウは自分の指を折りながら数え、小さく笑いをこぼす。
 遊星とクロウは互いの親の仲がよいこともあって、それこそ赤ん坊のころからの付き合いだった。今では考えられないことだが、幼少期のクロウは人見知りが激しく、それこそ遊星にべったりとくっついてばかりだったと、クロウ自身記憶している。「ゆうせえ」とクロウが舌足らずに呼べば、遊星はどんなときでもすぐに振り返ってやさしく笑ってくれた。それがクロウにとってどれだけ嬉しかったことか。成長するにつれ、前述のようなことはなくなったとはいえ、それでもクロウにとって遊星は最高の親友であった。もし、誰かに自分の一番の友人は?と問われることがあれば、何の迷いもなくクロウは遊星の名をあげるだろう。
 ずっと一緒にいるのが当たり前な関係。それがいきなり崩れたのは、中学の終わり。遊星が東京の全寮制高校に進学を決めたときだった。そういえば、それを聞かされたのも遊星がその高校に合格してからのことで、さきほどのやり取りを思い出したクロウは幼馴染の相変わらずさに苦笑いを浮かべる。当然のように同じ高校に通うとばかり思っていたクロウは深くショックを受け、なぜ早く言ってくれなかったのだと遊星をなじったりもした。だがその反面、遊星の並外れた頭の良さからすれば遠方への進学は十分にありえることだとクロウも理解していた。しかも、工学系でトップクラスともいわれるその学校自ら、寮費・授業料免除といった破格の条件とともに遊星を特待生として迎えたいと言ってきたらしい。誰よりも何よりも大切な親友のことを思うのならばどちらがいいのか。それがわからないほど、クロウも子供ではなかった。
 そうして、別々の高校に通うようになってから、もうすぐ一年がたとうとしている。別れるときにあんなにも泣いたのに離れてみると案外早く感じるものだ。
 久々に会う親友は、様変わりしているのだろうか。それとも、まったく変わっていないのだろうか。様々な憶測をめぐらせつつ、クロウはそのまま深い眠りについた。








「くっそ、遊星待ってるだろうな……」
 クロウは駅までの道を走りながら、左手の腕時計に視線をやる。時刻は約束の時間からもう20分もすぎていた。時間にはきっちりしている遊星のことだ、もうとっくに駅に到着している頃だろう、そう思うとクロウも急がずにはいられなかった。
 本来ならばもうとっくに学校は終わっており、クロウはすぐにでも駅に向かうはずだった。だが、こんなときに限って少し面倒な先輩に捕まってしまい、それを振り切ろうとしている間にこんな時間になってしまった。遊星には遅れるという旨のメールは送ってあるが、それでも久々の再会に遅刻してしまう自分の情けなさに、クロウは唇を噛み締めた。
 息を切らしながら、クロウは指定された待ち合わせ場所である改札前へたどり着くと真っ先に遊星の姿を探す。9ヶ月のうちに容姿が変わっていなければ、すぐに見つかるはずだ。そして、構内の柱に持たれかかっている特徴的な頭を見つけたクロウは、すぐさま声を発した。

「遊星!」

 クロウの声が届いたのか、携帯に視線を落としていた遊星が顔を上げる。そして、こちらに駆け寄るクロウへ柔らかな微笑みを向けた。
「遊星、わりいな……待たせちまっ――」
 ようやく遊星の元へ到達したクロウが、荒い息のまま遊星へ謝罪するが、その言葉は途中で遮られてしまう。
 気がつけば、クロウは親友の胸に顔を埋めるような形になっていた。

「クロウ、会いたかった」

 クロウの背中に腕を回し、驚くほど甘い声で遊星が囁く。自分は遊星に今、抱きしめられているのだとクロウが自覚するまでそう時間はかからなかった。普通に考えれば、再会した友人同士の抱擁はおかしいことではない。だが、それにしては遊星の腕は熱っぽくクロウの身体を抱きしめて離そうとしない。まるで、恋人同士のそれだと思った瞬間、クロウは慌てて遊星を引き剥がした。
「ゆ、ゆうせい! 人前でそういうのはやめろよ!」
「……人前じゃなければ、いいのか?」
 きょとんとした表情でそう聞き返す遊星に、クロウは言葉が続かなくなる。遊星とクロウは親友、それは9ヶ月たっても変わらないはずだった。だが、このときのクロウは、遊星の変化にまだ気づけずにいた。