04. 15:27


 クロウが最後にここへ足を運んだのは、鬼柳の面会を希望して以来。そのときは鬼柳と会うことは叶わなかったが、ここのじめじめとした薄暗い雰囲気だけはやけにクロウの記憶に残っていた。その記憶と照らし合わせると、外見は幾分か綺麗になっているが、やはりどことなく空気は澱んでいるようにクロウは感じた。
 収容所は苦手だ。何度も盗みを犯しては、マーカーを刻まれここに放り込まれたクロウにとってここは忌むべき場所であることは言うまでもない。今は、盗みから足を洗ったクロウであるが、それでも収容所で受けた虐待や屈辱は決して忘れることはできない。
 かちゃりとドアの開く音がして、クロウは思考から現実へ引き戻される。前述の通り、鬼柳とは面会では一度も会えずじまいだったためクロウが獄中の誰かと面会をするのはこれが初めてであった。
 看守に引率されて、ガラス越しの部屋に入ってきた男と、クロウの視線がかち合う。

「ボルガー……」
「まさか、君が私に会いにくるとは思わなかったよ。クロウ」

 苦笑交じりにそう返すボルガーの顔はずいぶんとやつれ、数日前とはまるで別人のようであった。質素な囚人服と、手にかけられた枷のせいでもあるかもしれないが、かつて傾きかけた自身の会社を立て直すためにすべてを殴り捨ててクロウにデュエルを挑んだ男の面影はもうここにはない。ガラス越しにクロウと対面しているのは、粛々と自分の罪を償うためにいきる囚人であった。

「私を罵りにきたのかい?」
「ちげーよ。あんたに礼を言いにきたんだ」

 礼?と首をかしげるボルガーにクロウは言葉を続ける。確かに、ボルガーは大きな罪を犯した。それは、クロウにとっても簡単に許せるものではない。だが、それでもクロウはボルガーを罵ることなど決してできなかった。

「WRGPの、技術支援。あんたのおかげで最高のコンディションで望めそうだぜ。ありがとうな、ボルガー」
「それは、私にではなく開発に協力した社員たちに言うことだろう。私は何もしてはいない」

 私がしたのはただの自己満足だ、そう笑うボルガーにクロウは少しの間押し黙る。なぜ、こうなってしまったのだろう。クロウは自問する。きっかけは本当に小さなすれ違いだった。だが、今となってはクロウとボルガーの距離は果てしなく遠い。今、互いを隔てているのはたった一枚のガラスだというのに。

「ボルガー、収容所にもテレビくらいあるだろ?」
「私は、あまり見ないがね」
「WRGPはテレビ中継もされる。だから、見ろよ! 俺たち、絶対に優勝すっから!! あんたの会社のエンジン使った俺らが、優勝する瞬間は絶対に見てくれよ!!」

 感情を込めるあまり声を荒げてしまったクロウに、今度はボルガーが黙り込む番だった。そして、しばらくした後、ボルガーは静かに微笑みながら小さく頷く。それは、ここにきてからクロウがはじめてみたボルガーの笑顔だった。

「さっさと罪償って、こんなとこ出て来いよボルガー。お前を待ってる奴はたくさんいるんだからよ」
「その待っている人間に、君も含まれているのかな。クロウ」
「……さぁな」

 時間だ、と看守が淡々と告げる。
 再び獄中へと戻されるさなか、ボルガーはクロウが膝の上に載せていたものに気づき、これが最後とばかりにクロウへ尋ねる。

「これから行くのか?」

 クロウは何も答えない。
 立ち上がり踵を返したとき、小さく後ろ手で手を振るだけであった。