05. 17:09


 ブラックバードを飛ばしてきたにもかかわらず、クロウがそこについたときにはもうあたりは夕焼けに染まり、潮風にも夜の匂いが混じり始めた時間であった。クロウは路肩にブラックバードを停車させると大事に運んだ花束とともに、降り立つ。本当ならば、ブラックバードも連れて行きたいところであるがさすがにそれは叶わない。
 夕暮れということもあって、一層人気のない墓地をクロウは迷うことなく歩く。西日に照らされて赤みを帯びた墓標の群れの中、目的の一つを見つけたクロウはまっすぐにそこに向かうとその場にしゃがみこむ。

「きたぜ、ピアスン」

 そして、ロバート・ピアスンと刻まれたその墓標に、クロウは白い花束を一つ添えた。

「今日、ここに来るまでにいろんなとこ行ってきたんだ。ガキどもも元気だったし、ボルガーもそのうちちゃんと立ち直ってくれると思う。あと、俺も見ての通り元気にしてる」

 一人、墓標に向かって死者に語りかけるクロウの姿はきっと第三者から見ればこっけに見えることだろう。だが、今この空間にいるのはクロウと静かに眠る死者たちだけ。だから、クロウが気にすることは何もない。

「ボルガーの会社の社員が協力してくれてさ、またブラックバード速くなったんだぜ。本当ならちゃんと見せてやりてぇけど、流石にここまでは持ってこれなかった。悪いな」

 当然ながら、墓は沈黙を貫き続け、クロウの言葉に対して相槌を帰ることもない。だが、クロウはそれでも構わなかった。どこかでちゃんと、ピアスンが自分の話を聞いていると信じているから。

「もうすぐ、WRGPの予選なんだ。ボルガーの前で優勝するって啖呵切っちまったし、忙しくなると思うからしばらくはここにはこれねぇと思う。……俺、頑張るからなピアスン。あんたが遺してくれたブラックバードとブラックフェザードラゴンで、勝ち上がってみせっから」

 だから、どこかで見守っててくれ。
 クロウは切にそう願いながら、静かに目を閉じる。こうしていると、昔ピアスンの大きな手がクロウの頭を無造作に撫でてくれたことを思い出して、暖かい気持ちになれた。
 ピアスンはもういない。でも、確かにピアスンはこの中で生きている。そう思えば、もうクロウは寂しくない。



「あぁ、そうだ……。今日はもう一つ頼みがあったんだった」

 しばらくして瞼を開けたクロウは、もう一つ持っていた花束を先ほど置いたに重ねる。二つ重ねられた白い花束が、潮風にその花弁を揺らす。
 ピアスンがクロウにとっての敬愛であるのなら、もう一つの花束の主はクロウにとっての永遠の憧れであった。
 ダイダロスブリッジからサテライトを飛び立った、伝説のDホイーラー。彼こそが今のクロウの原点といっても過言ではない。神になるという野望に取り付かれ、敗北したその男の墓はない。世間では行方不明扱いにされた男は、世界を滅ぼしかけた事実を隠したまま、人々の記憶からも消えていくのだろう。
 それでも、いやそれだからこそクロウは彼に花束を添えたかった。

「もし、向こうで会うことがあったら渡してくんねぇかな。俺のもう一人の憧れの人なんだ」

 どんな悪人であったとしても、その男がクロウ、いやサテライトの憧れであったという事実は変わりはしないのだから。


 二つ花束を添え終わったクロウは、一度たりとも後ろを振り向くことなくブラックバードに戻り、帰路へとついた。