07. 22:00
風呂から上がったクロウが自室に戻ると、それのタイミングを見計らったかのように電話が鳴り響く。それは仕事用に契約した携帯からであり、ディスプレイに表示されたお得意先の名前を見たクロウは、少し億劫そうに電話を取った。
「はい、こちらブラックバードデリバリーです。ただいま、営業時間外となっております。お手数ですが、営業時間内にもう一度おかけ直しください」
淡々と、有無を言わさぬ事務的な口調でクロウは言い切ると携帯の電源ボタンを押そうとする。だが、電話の向こうから聞こえてきた押し殺すような笑い声にクロウの指が止まる。
「あいっかわらず、敬語似合わねぇなぁ……お前」
「うっせ。それ聞きたいがために仕事用の携帯にかけてくるお前も大概だろ、鬼柳」
「しかたねぇじゃん、実際仕事の話なんだからよ」
未だに声に笑いが交じっているのには若干苛立ちはあるものの、仕事の話となったら切るわけにはいかない。クロウは肩と耳の間に携帯を挟み、常備してあるメモ帳とペンを手に取った。
「また不足物資か?」
「おう、今回はそんなに多くねぇんだけど頼むわ」
そして、鬼柳が読み上げるリストの通りにクロウは手元のメモ帳へそれらを書き連ねていく。普通ならメール一回で終る作業なのだが、今鬼柳が在住している町には電話がかろうじで通じているだけなので、アナログな手段に頼るしかない。
かつて、鉱山の町として作られ、長い間無法者たちによって支配されていたクラッシュタウン。それが鬼柳たちによって解放され、新たな指導者の下、新しく生まれ変わろうとしている。元々、絶大なカリスマ性のある鬼柳だ。道を踏み外すことがなければ、きっとあの町はいい町になるだろうと、クロウも、口には出さないもののそう思っていた。だが、ほとんど外との接触を断っていたあの町が復旧するにはまだまだ時間がかかり、物資も不足状態が続いている。クロウの仕事は、その不足物資を定期的に待ちに届けることであった。まさか、こんな形で鬼柳の手伝いをする日が来るとは、クロウは今更ながらにそう感じずにはいられなかった。
「――これで、全部か?」
なんだかんだで、書き連ねたメモ帳の内容を読み上げ、クロウは鬼柳に確認を取る。
「あぁ、それで頼む。……そうそう、あと一つ宅配も頼めるか?」
「何だよ」
「ニコがクッキー焼いたんだけどよ、遊星たちにも食わせてぇみたいだから代わりに届けてくれ」
「………鬼柳、お前本当に変わったなぁ」
すっかり子供たちの世話が板についている鬼柳に、クロウは深く嘆息をついた。これが、かつて小さな子供にまで手をかけようとした男と同一人物なのだろうか。クロウは鬼柳と再開するたびに彼の性格の変化に驚かずにはいられない。だが、今の鬼柳が一番それらしいとクロウは一人で納得した。
鬼柳との電話を切り、そのままベッドに倒れこんだクロウは強い睡魔に襲われる。久々の休日で、いろいろなところを走り回ったせいだろうか、普段の仕事終わりよりも疲れたように感じた。
それでも、有意義な休日だったことはクロウにとっていうまでもない。
クロウは明日からの仕事に備え、深く布団にもぐりこむと部屋の明かりを消した。
end
BACK